GCV/Cao工房のチェロ: 音大教授の感想

Last Updated on 1月 1, 2020 by matrixadmin

音楽大学でチェロ教授として、師弟たち指導するかたわら、 ご自身も、全国的にチェリストとして演奏活動を
行っておられるK教授に、 Cao工房のチェロを数台弾いて頂く機会があり、 素敵なコメントを頂きました♪

 

Scott Cao氏の楽器について。 北イタリアの小都市「クレモナ」は最近ではテレビなどでも放映され、
ヴァイオリンの聖地としてあまりにも有名であるが、楽器について少し興味を持った若かりし頃の私にとって、
まだ見ぬ街「クレモナ」はあたかも桃源郷のように神聖で魅力的な場所として脳裏にイメージしていたように
憶えている。クレモナ弦楽器の神話にも似た伝説の呪縛の中で、楽器人生を歩んでこられた方も多くおられる
ことだろう。実際私も、当時はまだ少なかった楽器についての出版物のうち岩波新書から出ていた
無量塔蔵六氏の「ヴァイオリン」という著書などを読みあさり『いつかは自分もイタリア製オールドを!!』
と日々練習に励んだものである。
クレモナを筆頭にイタリア製ヴァイオリンについて、日本人は過剰なまでにステイタスを感じ、賛美する習性が
あるようで、イタリア製オールドであれば少々の事は目を瞑って、何でもかんでもOKというような風潮さえも罷り
通り、現在でも他国の楽器よりは高値で取引されているようだ。今日でこそ安定したとはいえ、80年代後半~
90年代初頭のバブル期には、途方もない価格がこれらの楽器や弓に付けられていたのを憶えている。アマティ、グァルネリ、ストラディヴァリをはじめとする名立たる一族、一派が腕を競った16~18世紀初頭の
クレモナの楽器は本当に素晴らしいと思うし、彼らの存在こそが今日の弦楽器の質を向上させたことは疑う
余地もないが、それらはとうの昔に一般人が えるような代物では無くなってしまったし、はっきり言って
需要に見合うだけの数はもうこの地球上には残っていないように思う。現在の「クレモナ」はそんな先人達に少しでも近づこうとする若い製作家が集う街として賑わいを見せ、
ここで楽器作りを覚えた製作家達は、世界中に散らばりその腕を競い、良い品質の楽器を生み出している。
こうなると、私にとっての桃源郷「クレモナ」は既に伝説と呪縛の対象ではなくなってしまったようである。
実際のところ、仕事で多くのイタリア製の新作楽器を目にするが、 最近のクレモナの楽器は極端な話、作者が
違い、価格差が二倍以上あったとしても、色、形、音色、弾き勝手の全てにおいて私には どの楽器も同じように
感じられ、興味が湧く対象では無くなってしまっている。 『敢えてMade in Italyにこだわる必要性はもう見い
だせなくなった』とも言えるだろう。弦楽器通といわれるマニアックな方々は伊・仏・英・独・捷など
ヴァイオリン生産国の国別の音色を聴き分ける事が出来るというような達人もおられるらしいが、私は楽器の
持つ美しい形状については、それぞれの国や製作家の特長やスタイルは存在すれども、音色については絶対に
判断は出来ない と思っている。演奏会に行って「音」を聴いて、その音が良い音だとわかっても、その楽器の
生まれた国を言い当てる事は絶対に不可能であろう。人が感動する「音」を創るのは製作地ではないのである。
素晴らしい「音」を生む楽器は、世界に散った素晴らしい製作家によって誠実に作られ、それぞれの個体が
最大限にその性能を余す所なく発揮出来るように調整されて購入者に手渡る事が最重要とされる時代に
入ったのだと思う。前置きが長くなったが、最近アメリカと中国に自らが指導・管理する工房を持ち、質の高い楽器を世界各国に
販売しておられるというScott Cao氏の最上級モデルの楽器を弾く機会があった。といっても定価は60万円台と
いう事である。この文を読んで下さっている方は多少なりとも楽器の購入をお考えだと思うので、
わかりやすくするため身近な「自家用車」を例にとってお話してみることにしよう。まず、高級車の
代名詞として「ベンツ」、日常の足として「軽自動車」を想像して頂きたい。「ベンツでも軽自動車でも
100km/hで高速道路を走行出来るが、その安定性、運転感覚、緊急時の安全性を考えると、あなたはどちらの
車を買いたいですか?」という質問である。100km/h走行が目一杯の軽自動車(近年は違うと申し添えて
おきます)と200km/h超という高速でアウトバーンを疾走出来るベンツでは同じ「車」であっても中身は全く
別物であるわけだ。ドライブの安心感や操作性から、果てはドアの開閉音に いたるまで、人間が行なう
動作の全てに安全を生むメカニズムが盛り込まれている。これこそ人がベンツを買いたいと思う所以
なのである。話を楽器のそれに戻すと、奏者にとって演奏上最も大切な事は、自分のやりたい「感性」に
対して楽器がいかに追従してくれるかだ。つまり「音を出すという作業がどれだけ自然に出来るか」なのだ。
これは単に力を抜いてフワフワ弾くのではなく、 「楽器の弦」と「弓の毛」が理想的に摩擦出来ることが
大切で、この条件を満たしてくれる楽器こそが本当に良い楽器なのである。 以上の理由で私は弾きやすさと
ポテンシャルを得るには、ベンツのようにそれなりの価格に納得せねばならないと思っていたのだが、
はっきり言ってCao氏の楽器を弾いてみてその思い込みは打ち砕かれた。この楽器、意外にも先に述べた奏者の
「感性」について全てに しっかりと応えてくれるわけである。楽器の持つポテンシャルの全てが
「許容範囲以内」というか、「想定外」の驚きなのだ。そう、単に100km/hで走れるだけのチープな
「モノ」ではないのだ。 特にオールドモデルは見栄えも含めて充分鑑賞にも堪えうるし、音色、音量、
弾き応えの全てにおいて合格というよう。購入された方は、おそらく価格からは想像もつかない満足感を
得られる事だろう。高価なクラシックカーを買って故障に怯えながらコツコツと レストアするのも一つの
楽しみ方だとは思うが、それは単なる趣味の領域で、私は楽器というモノは実戦としてステージ上で
使えないと意味をなさないと考える。そんな基準を安価で叶えてしまうポテンシャルをCao氏の楽器は
秘めていると感じた。 勿論フィッティングを換えたり弦を選んだり、調整を好みに変えたりの必要は
あろうが、これは購入後の楽しみとして残しておき、 何倍も高価な楽器との性能と価格差を瞬時に
縮めてしまうことを目の当たり感じることのでき、意味のある買い物だといえよう。限られた予算に見合ったお気に入りの楽器を手に入れるには、Cao氏の楽器はベストチョイスだと思う。
そんなCao工房にぞっこん惚れ込んだクラスラー・ミュージックのオーナの言葉も読まれた上で、
購入を躊躇しておられる方は一つの候補としてCaoの楽器をお考えになられてはいかがだろうか。